児童相談所での児童心理司

2015年12月30日

高田真規子(東京都世田谷児童相談所)

児童相談所の相談の特徴

児童相談所(以下「児相」)は、児童福祉法(以下「法」)を根拠に持つ子供の人権にかかわる行政の相談機関であり、18歳未満の児童のあらゆる相談を受けている。子供本人からの相談は少ないが、保護者、関係者からの相談や、児童虐待や触法(非行)相談のように子供、家族のニーズや意向とは無関係に相談が開始されることもある。こうした対象それぞれに対する診断、アセスメントはもとより、子供、家族、機関、地域全体をシステムとして捉え、働きかけていくことが児相の相談援助の特徴である。そして、一つのケースに対して児童福祉司(以下「福祉司」)、児童心理司(以下「心理司」)、児童指導員、医師等多くの専門職が協働してアプローチし、援助をしていく。「チームアプローチ」という。

実践

東京都の児相では、福祉司が相談を受理し進行管理をする。福祉司は経過中の事象や事実を客観的な側面から把握し、心理司はその事実、事象に至る当事者の認知的特徴、心理的な側面を把握する。同席で面接しても、福祉司は事実経過という外側を把握し、心理司は内面の力動を把握している。心理司は福祉司が受けた相談のうち、心理司と協働して援助した方がいいケース、(主訴によって多少差があるが)約半数が心理司も関わっている。

心理司の主な業務は、子供と保護者に関する(1)アセスメント(子どもやその家族に生じている問題を心理の専門性をもとに、心理面接や観察、心理検査等を用い、明確化する)、(2)心理ケア(アセスメントに基づいて、様々な技法を用いて働きかけることにより心理的課題の改善を図ること。心理独自に子供の社会的適応の改善を図るだけでなく、他機関心理と連携、協働しながら、ケアの進行管理も行う)、(3)コンサルテーション(より効果的な援助を行うために、アセスメント内容や援助方針をもとに、子供や家庭を取り巻く学校や関係機関に働きかけ調整する。個別ケースのコンサルテーションだけでなく、福祉司と協働し、地域機関に対し、心理の専門性に基づいた技術支援を行う)である。しかし、法的対応(虐待、非行ケース等で家裁に申し立て、送致する場合の心理アセスメント、知的障害診断認定業務)にも、児相特有な業務として大きな役割を担っている。

児相の相談援助の実際

児相で出会う事例を福祉司との関わりを中心に紹介する。なお、これは想定事例である。

この家庭は以前からネグレクトとA子の登校渋りが指摘されていた。学校、地域で支援につなげようとするが両親は抵抗し、A子を登校させないということが続いた。背景に家族全員の障害が想定されたため、地域では家族分離し、A子を施設入所、障害児教育で生活面学習面での育て直しが必要と話し合われたが、両親の行政に対する抵抗は強かった。

児相との関わりは、地域からの援助要請を受けたことから始まる。A子登校時に養護教諭に「うちに帰りたくない」との訴えた。児相では、A子をケアをしながら状況把握する面接が必要と判断、心理司が福祉司と共に学校に赴いた。その面接で、A子は父からの性的、身体的虐待を訴えておりだから家に帰りたくない、学校でもいじめられると泣くばかりだった。地域のこれまでの方針も踏まえ、一時保護を実施することにした。

一時保護後、心理面接でA子の性格、能力を把握しながら、被害状況を聴取した。この間両親面接も実施しながら、福祉司と共に両親の養育姿勢や能力、家族関係を把握。それらから、児相としても、地域、学校の意見と同様「一旦家族分離し、それぞれ施設での生活訓練が必要」と思われた。それを両親それぞれに提案、継続面接で説得するが、母はA子と離れたくないと施設入所には強硬に抵抗し、離婚し、地域の援助を受け入れた上で母子での生活を希望。A子も心理面接の中で父と離れ、母との生活を希望。登校渋りについては、A子の勉強面での遅れから一人でいることが多いことに起因すると思われ、障害児教育の導入をA子、母に提案していった。

施設入所には保護者母の同意が得られなかったため、一時保護退所後は母引取りとなった。そこで、児相は学校、地域と協議、児相と連携し、地域の障害福祉サービス、ひとり親家庭向けのサービス、A子の特別支援学校に転校を調整、日常を学校が見守る体制を構築。父についてもA子の思いを伝え、地域障害福祉課の協力を得、福祉施設に入所、就労支援を受け、生活訓練を受けることとなった。

このように児相の援助は、生活の立ちいかなさに注目し、アウトリーチをすることで必要なニーズを探り、支援につなげることに大きな特徴がある。その中で心理司の援助は、当事者の能力、関係性、認知特徴等を丁寧にアセスメント、ケアをしながら、当事者との関係構築に努め、その潜在するニーズを引き出すことにある。そして、当事者中心の暮らしが整えられるよう、心理司は児童福祉司と協働し関係機関にコンサルテーションをしながら関わっている。

福祉心理士についての意見

先日、高校時代の友人とおしゃべりする機会があり、それぞれの近況を報告しあった。児相に勤務していることを知っている友人は「虐待ってどうして起きる?」「そういう家庭って、普通になるの?」と口々に聞いてきた。福祉の現場に長く勤務していると、「虐待」が特別なことではなくなったり、「普通」の幅が広がったりしている自分に改めて気づいた。「視野が広がる」「多様な価値観を認める」ということになるのかもしれない。この多様な価値観や一人一人の「生きている」ところの尊厳を認める姿勢が「福祉」の根本にあると思う。 福祉分野の心理職は各々の「生きている」全体像を把握し、その中での躓きや立ちいかなさの本質を理解し、それに基づいて必要な援助を見立て、提供している。そして安心して生きていかれるよう生活全体を支える援助体制をソーシャルワーカーとチームを組みアプローチしている。ソーシャルワークの過程において、福祉心理士がアセスメントやケア等でソーシャルワーカーと共にアプローチすることは、より個の尊厳を尊重したソーシャルワークとなることが期待される。

高田真規子先生のプロフィール:専門:臨床心理学

東京都世田谷児童相談所 高田真規子 東京都の心理職として30年超になります。この間女性相談、児童相談、教育相談、精神保健福祉相談等で心理臨床を経験しました。長くこの業界にいるので、それぞれの分野の移り変わりを体験してきましたが、いちばん経験が長い福祉の分野では「人権」意識の変遷をソーシャルワークと心理士の視点で見ていたような気がしています。(連絡先:世田谷児童相談所 〒156-0064世田谷区桜丘5-28-12 ℡03-5477-63017)

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