DV被害者支援と心のケア

2016年6月30日

米田弘枝(立正大学心理学部)

DV被害者との出会い

DV被害者に初めて出会ったのは、東京都女性相談センターに勤務していた時です。もともとは、売春防止法に基づいて都道府県に設置義務のある婦人相談所であり、一時保護所は、現代版駆け込み寺として、居所を失った女性や援助を必要とする女性を受け入れていました。職員は医師、看護師、心理、保育士、福祉指導、法律相談員、婦人相談員など、多くの職種が協働して支援にあたる福祉最前線の現場です。

子どもの頃から養育者が転々とし、虐待を受け、結婚離婚を繰り返し、頼る人もなく、行く当てもないまま住みこみ就労先を解雇され、自死を決行したが助けられた人など、さながら刀折れ矢尽き、最後にたどりつく砦のようなところで、夫の暴力から逃れた母子も少なくなかったのですが、まだDVという名前はありませんでした。今から思えば利用者はみな深い心の傷を抱えた被害者でした。一人ひとりの生活史は壮絶で極限状態の話に圧倒され、支援者としての私は無力でしたが、人の持つ生きる力に感動し、何か役に立てる存在でありたいと願う気持ちがこの道を歩む動機となったと思います。

実践研究

DV被害者といっても、初めて暴力を受けた人から何年も耐えてきた人、避難しては戻ることを繰り返している人、サポート資源がある人ない人、若年層から高齢者まで対象はさまざまです。この混沌とした領域で、支援者は、何をどうしたらいいのか右往左往していた時に、東京女子医大の加茂登志子先生、国立精神神経センターの金 吉晴先生とともに、科学的に被害の状況を明らかにし、支援方法を探る試みにご一緒させていただく機会を得たことが、現在の研究テーマの基礎となりました。

DV被害者の精神的被害は、一つは被害者の長期反復型トラウマ被害による重篤なPTSDであり、もう一つは、暴力による支配という人権の侵害により、自信喪失・自己評価の低下・無力感・孤立感、希死念慮などうつ状態としてあらわれます。法は、発見者の通報努力義務、医療関係者は本人の意思を尊重しつつ、刑法の秘密漏示罪に妨げられることなく通報でき、情報提供しなければならないと定めていますが、尊重すべき本人の意思は、疲弊し、混乱していました。暴力を受けた直後は、絶対に夫は許せないと思っても、時間が経つと、自分も悪かったとか、夫のよかった所を思い出し、もう一度やり直したいと思うようになることも少なくありません。夫は治るのだろうか、暴力を見てきた子どもは暴力をふるうようになるのだろうか、保護命令、離婚、生活費等次々に現実の問題に直面し、状況は難しさを増していきます。自分が何を感じ何を思うかさえ、夫の許可が必要であり、暴力の部分を見ないようにし、自分さえ我慢すればと思っていた人にとって、非が相手にあると考えるのはとても難しいことでした。私たちは、被害者に、勇気を持って一歩踏み込み、DVの構造を伝え、人権侵害による被害を説明することが非常に大事だと考えました。中立という立場は、暴力に支配された人にとっては、加害者に加担しているとしか思われず、二次被害という危害を加えることになります。

必死の介入にもかかわらず、夫の元に戻る時には、支援者も無力感や陰性感情を抱きます。暴力から避難し、助けられた人が、元に戻るとは理解しにくく、支援者は助けてよかった、被害者も助けられてよかったと思うはずだと思うのが普通です。しかし、このことが長期間繰り返された暴力の被害の症状でした。

差し出された「介入」の手にすぐにはつかまらなくても、つかまる先があるという情報を得ることだけでも大きな一歩につながります。一方向に引っ張り過ぎるのではなく、手放してもいけない、人権擁護と本人の意思の尊重とのバランスは非常に難しい課題です。

カウンセラーとして

厳しい被害の話を傾聴するとカウンセラーも心の健康を保つことが難しく、代理受傷は必ず起きることを前提に、見通しをもって取り組む必要があります。

DV被害者支援はとても難しい分野ですが、被害の症状、DVの構造、支援の制度、機関の情報提供をすることによって、時間はかかりますが、回復していきます。

DVを目撃することは子どもにとっては児童虐待であり、子供のケア、暴力の予防のための取組も大きな課題です。子育て相談や、学校、医療領域など多くの職域で出あっているテーマでもあります。どの領域であってもカウンセラーが共通した支援を行うことによって、途切れのない支援が継続できるような体制が大切だと考えています。

最近は、女性から男性への暴力も増加しています。暴力による心の傷は重く、回復までの長い道のりを考えると、この損失は計り知れないものがあると感じます。男女を問わず、暴力はあってはならないことを基本に据え、お互いに相手の人としての権利を尊重する関係を築くことの大切さを日々感じています。

福祉心理学(福祉心理士)についての考え

私は東京都の心理技術職として、当初から福祉領域で働いてきましたが、振り返ると、その仕事は、「人権を守り、その人らしく生きる」ことに関わってきたのだと思います。DV被害者や子供の時に虐待を受けて育った方たちにとって、普通に生きることがこんなに難しいことだったのかと改めて思います。先日、ある方が「自信てどうやったらできるのでしょう」と語られました。否定される経験しかなかったそうです。カウンセリングの中で、「この環境では自信がないのは当たり前ですね。その中でもこうやって頑張ってきたんだなと思えるようになりました」と、前を向くことができるようになりました。

福祉の仕事は、支援者が自分の持てる力を道具として活用してもらい、被害者に、水面下から顔を出してもらうお手伝いをすることだと思います。経験の積み重ねが必要ですし、一人だけでは頑張れず、仲間と力を合わせることが大切で、答えがすぐに見つかることも多くありません。バーンアウトを防ぎ、健康な支援者を育てるために、支援者にも相談の機会、研修やスーパーバイズを受ける体制を整えることはとても大切だと思います。

米田弘枝先生のプロフィール:専門:DV・虐待等被害者支援

現職:立正大学心理学部臨床心理学科教授。

東京都庁に心理技術職として入都し、児童相談所、心身障害者福祉センター、女性相談センター等の福祉現場で心理的支援に従事。最後の職場にいるときにDV法ができ、シェルターに避難した多くのDV被害母子に関わることになったことが今の専門領域となっています。

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